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魔法の弾丸

 

 先日、鍼や漢方を研究する学会に参加した時のことです。東洋医学特有の診察をして実際に鍼を打つデモンストレーションを見ていろいろ考えました。漢方は私も使っていますが、鍼にはまたちがった考え方があるようです。どんな治療法にも得手不得手があって、東洋医学も万能ではありませんが、ときにはすばらしい効果があることも知っています。と同時に、同じ症状を治療するなら西洋医学のほうがはるかにスピーディで確実に治せる場合があることも知っています。

 

 独特の診断・治療法は世界中にたくさんありますが、ほかでは見落としている治癒のメカニズムを上手に使っている方法があるかもしれません。そういったすべてをかみわけて、「ワンストップで必ずベスト」の治療を提供できる病院(クリニック、接骨院、治療院、鍼灸院そのほか)はありえるのでしょうか?

 

1 ベストは魔法の弾丸

 

 講演でひざの痛みに灸をしたり、くびが回らない人に鍼を打った症例などの説明がありましたが、(この症状ならマッサージのほうが効くのでは?)(これは薬のほうが絶対早いはず!)と内心思うケースもありました。でも、すべての治療の神髄を会得している人はいないのです。まったく逆に、(この例だったら鍼が絶対いい!)ということもあるでしょう。

 

 最高の治療とは、「年齢・体質など個人の特質に関係なく、副作用もなく、一発で、苦痛もまったくなく、100パーセント症状が消えて、再発などのあとくされもない治療」のことです。パッと飲んだらあっという間に治るクスリという考えを魔法の弾丸と呼びますが、言い換えると「奇跡」が最高の治療であって、これはムリな相談です。では、今ある無数の治療法の中から、ある人にとって一番いい方法を見つけられる医師(治療家、ヒーラーあるいはコンピューター?)はいるのかな?これが気になります。

 

2 人は死ぬもの

 

 こういう仕事をしていると、根っこの部分ではいかに生きるか・死ぬかが問題だと感じています。永遠に生き続ける話(不老不死の伝説、手塚治虫さんの「火の鳥」など)は魅力的ですが、そんなに長く生きて楽しいのか考える必要はあるでしょう。

 

 映画「永遠に美しく」のように、腹に向こうが見えるほどの大穴が開いてもアタマがちぎれても生き続けられたら恐ろしい気がします。SF小説「老人と宇宙」では、現役引退した年寄りたちが軍に入隊し、最新のテクノロジーで強化された新しい肉体を与えられてエイリアンと戦います。一度死んだようなものだから心おきなく戦えるし、ふだんはスーパーボディで好きなことをやり放題というわけで希望者が続出します。

 

 映画「アンドリューNDR114」は人間そっくりのアンドロイドが主人公です。はじめはロボットっぽいのですが、しだいに改良されてほとんど人間と区別がつかなくなります。ところが一緒に暮らしている人間の家族はどんどん年を重ね、世代を交代していきますが、アンドリューはまったく年をとりません。かわいがっていた赤ちゃんが成人し、やがて年老いて亡くなっていくのを見たアンドリューは決心し、最新のテクノロジーを使って人間に生まれ変わります。人間になれば、自分も年をとって死んでいくことができるのですから。

 

3 AI(人工知能)ならできる?

 

 さて、すべての診断・治療法に精通し、酸いも甘いもかみわけて、100パーセントもっともいい治療法を見つけられる診断法はできるのでしょうか?どんなに研鑽しても一人の人間には不可能だと思います。ではAIならどうでしょうか?

 

 世界中の研究機関、大学病院や学会から知識を集め、代替治療のみならずちょっと怪しいがひょっとしたら役に立つかもしれない治療法まで情報として飲み込み、思い込みや偏見などの人間くささとは無縁。でもアンドリューのように人間の弱さも理解して、ときにははげまし、ときには慰める。すべては電子世界のアルゴリズムで動いていても、限りなくかんぺきに近い未来の医師は、クラウドを使って世界中に現れるかもしれません。今はわかりませんが、案外近い将来にみなさんの街に来るかもしれませんよ。