多彩なるボディワークの世界(1)アレクサンダー・テクニック

 

ボディワークとはなにか

 

 ボディワークとは自分で行ったり、ときには他者の力・手助けも利用しながら、からだのくせ・望ましくない動きのパターンを取り除いていく体操・練習法です。もちろん医療ではありませんが、一部はリハビリテーションやスポーツ医学にも応用可能です。

 

 25歳のころ、整形外科医局員になって2年目、抄読会でアレクサンダー・テクニックを取り上げて以来、外科系の「ハードウェア」としての学問とは別に、からだの使い方という「ソフトウェア」にも興味を持ち、のんびりと情報を集めてきました。思い起こせば大学の弓道部で「弓は引くものではなく押すもの」と知り、オイレンス・ヘリゲルの「弓と禅」を愛読したころから、こういったことに興味があったのだと思います。知れば知るほど奥が深いボディワークの世界、少しだけのぞいてみましょう。

 

アレクサンダー・テクニック

 

 F.M.アレクサンダーはシェークスピア劇の俳優でしたが、あるとき声が出なくなってしまいました。いつもは普通に話せるのに、舞台に上がるととたんに声が出なくなるのです。何人もの医師にかかったものの原因がわからず、途方に暮れたアレクサンダーは、鏡の前で自分の姿を観察することを始めました。

 

 そしてわかったのは、舞台に立つときとふだんでは頭の位置、のどの動かし方がまったくちがっていたことです。舞台に立つときには、背中をそらしあごを後ろに引きつけようとしてのどに力が入っていたのです。

 

 このことから、人はからだを使うときに意識せずにしているくせがあり、ほとんどの人が知らず知らずに何らかのくせを持つこと、くびから背中にかけての姿勢や動かし方に問題があることがきわめて多いことに気がつきました。そして自らがくふうしたエクササイズを希望する人たちに教え始めました。

 

 しだいに評判が高まり、地元のオーストラリアだけでなくヨーロッパやアメリカからも教えを乞う人たちが集まりました。彼の教え方は独特で、ことばではなく身振り・手振りを使い、必要なときには手をからだに触れてよい姿勢がとれるように促しました。また、指導者(教師)自身が良い見本となり、生徒たちがそれを見て自然に良い姿勢・身のこなしをまねることを重視しました。

 

  俳優だったためか、人に説明することがとても下手だったようで、初期の生徒たちは大変困り、失望して帰った人たちもいました。このあたりは論理的な説明を重視する西洋的学習法よりも、「見て覚える」「型を重視する」東洋的学習法に近い印象で、日本人にはなじみやすいかもしれません。

 

 アレクサンダー・テクニックの基本は簡単で、1上へ、上へ 2外へ、外へ のふたつだけです。脊椎は自然のカーブを描きますが、重力やからだのくせにより本来のカーブがゆがみがちになります。骨盤から頭蓋にかけての重心線を意識し、これが上に向かって真っすぐひっぱられるように意識するのが「上へ、上へ」です。

 

 肩(肩甲骨)がもっともニュートラルの位置にあり、肩をすぼめることなく胸をそらすことなく、楽に側方に体が伸びていくイメージが「外へ、外へ」です。この二つをもとに、立つ、座る、歩く、寝る、しゃがむなどの日常生活動作を無理なく行う方法を覚えます。すべての動作が無意識にできるまで練習していきます。

 

 19世紀後半に始まり、現在では世界中にスクールが開かれています。音楽やバレエなど芸術の分野では有名で、学科の中にも組み入れられているほどです。またスポーツの世界でも応用され、たとえばランニングでいかに楽にかつ速く走るかの指導に使われてもいます。

 

 アレクサンダーからはじまった「善用」「誤用」という考え方は日常生活すべてに応用できます。たとえばドアノブを開ける、赤ちゃんをだっこする、介護をするなど、からだの解剖学的しくみを知り、うまく働かせるこつを学ぶことで楽に、かんたんに、故障知らずにからだを動かせる技術は無数にあります。シンプルであるだけに応用範囲が広い。わたしも腰痛や、肩こり、ひざの痛みなどアレクサンダー・テクニックの知識を利用して指導を行っています。