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治療の基本とまとめ

 

 治療そのものは簡単であると書くと、おどろく方もいるかもしれません。しかし、診断がしつかりしていれば、治療法はそこから導き出されてきます。ある脊椎分節の運動制限があり、症状が生じる原因だと考えられ、器質的病変は存在せず、安静を必要とする急性期ではないと判断できるならば、いかにして運動制限を改善するかを考えればよいのです。その方法はたくさんありますし、知っているにこしたことはないのですが、ここでは基本となる三つの方法について述べたいと思います。

 

モビリゼーションとマニピュレーション

 

 各関節には独特の形態があり、運動方向があります。 一般に考えられる運動方向とは、屈曲・伸展、左右側屈、左右回旋の六方向ですが、ひとつひとつの関節の動きをこまかく調べてみると、さらに微細な複合運動を行っているのがわかります。これを  accessory  movement  (直訳するなら副次的な運動)といって、左右・前後のすべり運動、長軸上の圧迫と離開、回旋運動があり ます。関節の運動制限が見つかった場合、まずこの accessory movement を調べてみてください。日本語訳された本も多く出回っていますから、有資格の方ならば、それほどむずかしくないはずです。

 

 運動制限が強いケースでは、多くの場合この accessory movement に強い制限があるのがわかります。モビリゼーションは、これを改善することから始まります。副次的な運動を利用しつつ、しだいに関節全体の運動を改善していく方法です。五十肩や膝関節の拘縮など、これを知って治療するのと知らないで治療するのでは、治療効果に大きな違いが出てきます。

 

 モビリゼーションとマニピュレーションの関係は図のようになっています。マニピュレーションを上手に使うとたいへん効果的な場合があります。しかし、決して力まかせに行うものではなく、実際の動作は—見地味なものだということをわきまえておいてください。上手に行えば、患者さんに痛みも恐怖感も与えず、安全に行うことのできる方法です。ただし、マニピュレーションには禁忌(相対的・絶対的)があることを知っておかなければなりません。またモビリゼーションで十分に効果がみられるならば(大多数のケース)、マニピュレーションは不要です。

 

a 正常な可動域

b 制限のある可動域

 

Mb モビライゼーションを行う領域

Mp マニピュレーション

 

ストレッチ

 

 ことばとして知っている人は多いが、なかなかきちんと行われていないのがストレッチです。マニュアルメデシンでは、ストレッチを他動、自動ともに、治療と予防に使います。このとき、特定の筋肉のみに力がかかるように患者さんのポ ジションを工夫したり、ある脊椎分節に集中して力がかかるようなストレッチを行うことが可能です。

 

 一番だいじな点は、できるだけ一回のストレッチ動作を長くとること(最低で 20 秒以上、2.3分かかってもよい)です。これは膠原線維の特性(粘弾性と履歴現象)を利用するためのポイントです。そして、筋スパスムスがおきないように患者さんの反応をみながら行ってください。はった感じや軽い痛みがあってもかまいませんが、患者さんが顔をゆがめたり真っ赤になったりするのはまちがいです。また患者さんの呼吸を観察して、息が止まったり速くなったりしないように注意してください。特 殊な方法 (PNF の一部、筋エネルギーテクニッ クなど)で呼吸を止めることをストレッチに利用する場合もありますが、これについてはまた別の機会にお話しするつもりです。

 

生活指導とホームエクササイズ

 

 先に書いたように、毎日の習慣や作業内容に原因があるケースにおいては、診療室内の治療だけで目的を達することはで きません。 症状を発生・誘発・悪化させる要素を分析して、患者さんにていねいに説明することがだいじです。患者さんに十分理解してもらうことが、習慣を良い方向に変える努力をうながしたり、症状改善・維持を目的としたエクササイズ(ストレッチ、筋力強化、持久力訓練)をしてもらうためのモチベーショ ンを高めることにつながります。

 

 エクササイズの種類をこまかく覚えるよりも、ひとりひとりの患者さんの症状やシチュエーション(職場・家庭の環境、心理状態など)にあわせて創意工夫を行なうことです。といってもむずかしく考える必要はなく、からだのしくみを考えながらトライ・アンド・エラーで(ただし、安全性を考慮しつつ)行ってください。その結果を、患者さんと相談しながらフィードバックしていけばいいのです。

 

まとめ

 

 マニュアルメデシンはきわめて膨大な知識体系であるうえ、その発展は日進月歩ですから、全容を簡単に述べることはできません。ここでは、わたしの今までの経験の中から、必要不可欠と思われる部分を書き出してみました。現代社会は科学知識の上に成り立っており、その進歩・ 発展のためには客観的な知識をおたがいに共有し、論じ合うことが不可欠です。マニュアルメデシンが、これからの社会と医学の世界において普遍性を持ちつづけるためには、絶えず、批判・修止を受けつつ、精度を高めていくことが必要です。新しく勉強されるみなさんも、今までに集積された知識を学びながら、ときには批判的検討を加えたり、新しいアイデアを試したり、またその結果を広く発表するようにこころがけてください。そして、医療人としておたがいを高めあう努力を続けてください。そうすることが、真に患者さんたちのためになるのですから。(終)