· 

その7 イーディス 痛みを恐れて

ケガや病気で強い痛みを感じたとき、痛みに対する恐怖のために、体の感覚を無視してなんとかやり過ごそうとすることがあります。

 今回はそんなケースをご紹介します。
 イーディスさんは追突事故の後、頸から右腕の痛みが数ヶ月続いていました。レントゲンやMRIで異常は見つからないものの痛みが改善しないので、クレイグさんのところを訪れました。 

 彼女に診察台上で仰向けになってもらった後、クレイグさんは頭を支えながら首を左右に回してみました。リラックスして力を入れないように言われて本人もそうしているつもりなのに、くびに力が入って動きに抵抗するのを感じました。

 次にイーディスさんに目をつぶってもらってから、本人が力を抜いたと思っている状態で、そうっと右腕を持ち上げて放しました。そこで彼女に目を開けてもらうと、自分では床のすぐそばに手の位置があると思っていたのに、ずっと高い位置に手が持ち上がったままでいることにびっくりしました。

 このように、イーディスさんは力が入っているかいないのか、まったくわからなくなっていたわけです。

 しかし彼女自身はこういった問題があることを知りませんでした。知らなければ直しようがないので、途方に暮れてセラピストや医師にすがるしかないと考えていたのです。

 クレイグさんは、説得します。感じることは生きることと同じ、だからこれから元気に生きていくために、勇気を持って運動感覚を取り戻そうと話しました。

 練習して運動感覚が回復してくると、怪我をして以来不必要に力を入れている筋肉があることに気づきました。このときからイーディスさんの痛みは遠のいていき、最後はまったくなくなりました。

 痛みを感じないようにするために神経の感覚を無視してしまえば、痛みは一時的に軽くなるかもしれません。しかしそうすることで筋肉を意識的にコントロールする力も失ってしまったのです。


このケースでは、クレイグさんがクライアントに運動感覚の障害を実感してもらうために工夫しています。わかりにくい概念をどうやって理解させるか。理解してもらわなければ、クライアントの積極性を引き出せないのだから、大切な問題です。